弁護士 上椙 裕章
2011年08月11日(木)
稽古ごと
息子が、母親に教えられてピアノの練習している姿をみると、自分の子どもの頃のことを思い出します。
私には3歳年上の姉がいるのですが、姉もピアノを習っていました。
姉が練習をさぼりがちだったのかどうかは知りませんが、姉は、母に
「早くピアノの稽古しなさい!!」
と、よく言われてました。
それをしばしば目にしていた幼少期の私。
姉のピアノの練習が終わると、次は僕の番!!とばかりに、ピアノの椅子によじ登り、ポーズを取って一言
「今度はピアノのヒロアキよ!」
・・・そう、姉の名前「ケイコ」って言うんです・・・(赤面)
ピアノのヒロアキ もとい 弁護士 上椙裕章
事務局 東広島事務所
2011年08月10日(水)
収穫
毎日暑い日が続きますね! こうも暑いとついつい冷たいものばかりに手がのびてしまいがちですが、夏を元気に過ごすには、食事をしっかりとって暑さに負けない体づくりをしないといけませんよね。
私は夏に限り、小さな畑ですが野菜を作っています。(夏野菜は初心者でも簡単に育てられるからです。)
今年は、トマト・ミニトマト・きゅうり・しそ・オクラを欲張って植えてみました。
ホントに水だけしかあげていないのですが、見事に実をつけてくれ、おなかを満たしてくれています。
ほぼ毎日、食卓にはサラダが出ています。無農薬で、自分で育てた野菜は格別の味です。
野菜とは別ですが、我が家のシンボルツリーである、ブルーベリーも今年はたくさん実をつけてくれました。この時期に限り、見たこともない大きな鳥がブルーベリーを狙ってやってくるので、きっとそのまま食べても美味しいのでしょうが、私は毎回ジャムを作っています。
先日、健康診断を受けたのですが、視力がいまいち良くなかったので、パンにジャムをたくさん塗って、視力回復を目指そうと思っています。
東広島事務局
弁護士 谷脇 裕子
2011年08月01日(月)
電子書籍は手に取れる?
電子書籍の広まりによって、出版社や書店は危機感を持っているかもしれませんが、逆に「本とは?」「書店とは?」と問い直す企画が、テレビ・雑誌等で盛んに行われ、そのことによって、私には改めて本の存在感が増したように感じられました。その存在を意識することすらないほど、本は、今まで、あまりにも身近すぎたのかもしれません。色々な生き方があることを、また、あっていいことを教えてくれた数々の本たち…。その、「これから」について、私は注目していきたいと思います。
でも、私の実感としては、たまに古書店などで、ずっと探していた本を見つけると、その背表紙に「君は、こんな顔をしていたんだ」と問いかけ、そしてその本を手に取って「君はこんなヤツだったんだ」とその姿、形、重さを感じます。
私にとって、本とは、単に情報ではなく、実体の伴った「個性」のように思われます。
弁護士 谷脇裕子
事務局 広島事務所
2011年07月28日(木)
オリヅルラン
弁護士 福田 浩
2011年07月13日(水)
ネクタイ
毎朝、姿見に映しながら、ネクタイを締める。社会人になってから、何千回も繰り返してきた儀式である。学生気分の抜けなかった社会人1年生のころは違和感があったが、四半世紀も繰り返してきた習慣でもあり、ネクタイを締めないで仕事することは考えられなかった。
法律学に携わる仕事をしているが、曰く「一般人を基準にして判断すると…」などと、人は合理的に行動する、行為に至った動機は合理的に説明できる、といったことを前提にしているように思える。これは、何も法律学に限った話ではない。経済学においても、合理的経済人を前提としたモデルや仮説と検証が基本となっている。
長さを調整するために、ネクタイを結び直しながら、考えてみる。本当に、人間は合理的に行動するのだろうか。宝くじを買うことに、高級車を買うことに合理性があるのだろうか、ダイヤの結婚指輪をあげることに合理性があるのだろうか。合理的とはいえそうにない。
そんなことを言っている自分は合理的なのかと問い掛けてみる。二日酔いになって辛い思いをすることが解っていながら飲み続け、後悔する自分。階段を昇り降りすれば健康に良いことが解っていながら、ついエレベーターに乗ってしまう自分。かみさんに一言「愛してるよ」と言えば家庭円満になることが解っているのに、言えない自分。ネクタイを外せば快適なことが解っていながら、絞めて仕事をする自分。どうやら不合理の塊のようである。仕事柄、合理的に行動しなければ。
酷暑の毎日、ネクタイを締めて仕事をすることは苦行である。いったん絞めたネクタイを外しながら、ご時世でもあるしな、などと言い訳をしながら、今日はクールビズで出勤してみた。極めて、快適で、仕事もはかどりそうである。
弁護士 福田浩