事務局 広島事務所
2012年07月13日(金)
もうすぐ夏休み!
もうすぐ夏休みですね。
子どもたちは夏休みを楽しみに待っていますが、親はいろいろと悩ましいもの。日中とはいえ、子どもだけで長時間の留守番を連日させる事への心配は、つきないものがあります。学童保育を小学校3年生までといわずに、6年生まで受け入れてくれれば、有難いのになぁ。
親としての心配は、際限なくありますが、振り返って自分自身が子どもだったころ。40日間も学校が休みだと思うと、特別どこかに出かける予定もないのに、わくわくして迎えたものです。
小学生だった当時、あこがれていたのはジュール・ヴェルヌの「二年間の休暇」(十五少年漂流記)やダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」、ヨハン・ダビット・ウィースの「スイスのロビンソン」。夏休みになると、無人島ごっこをして遊んだものです。
実家付近は手つかずの自然があふれかえっているので、無人島に漂流したつもりにならなくても、十分サバイバルな生活を送れるのですが、南方の無人島で、というところがミソだったようです。何せ実家はゴキブリさえ生息できない寒冷地。一応、広島県内ではありますが、一説によると、気温は札幌並みとか。それだけに、描写される植物相、気候に心躍ったものです。
とくに、「スイスのロビンソン」では、一家の住居として構えた場所は巨大な木の上。自宅(?)を支える巨木の洞では、養蜂までできてしまいます。この「スイスのロビンソン」、現在書店店頭ではなかなか入手することができないのですが(これを原作としたテレビアニメのノベライズ版は中古書店でたまに見かけますが)、図書館にはちらほらあるようですので、この夏には借りてきて、子どもたちと読んで、気分だけでも冒険しようかなぁ。。。。
広島事務局
弁護士 中岡 正薫
2012年07月11日(水)
漫画・マンガ・まんが
弁護士の中岡です。
いきなりですが、私の趣味の1つに読書があります。
読書というと聞こえはいいですが、実際のところはマンガです。
マンガ中毒といってもいいくらいで、月に数度は必ずネットカフェに行っては面白いマンガがないか読み漁っています。
初めて読んだマンガは小学生のころに大流行した「キン肉マン」でした。
正義や友情といった、大人であればちょっと口にするのも憚られそうな台詞を堂々と口にする超人たちに憧れ、大量のキン消しと共に単行本を買い揃えました。
中学生になると、毎週月曜日の部活帰りに近所の本屋さんで週刊少年ジャンプを買って読むのが1週間最大の幸せの時間になりました。
当時は「ドラゴンボール」や「スラムダンク」などが人気でしたが、私のお気に入りは「魁!!男塾」でした。
これまた、正義や友情に加えて根性100%の熱血な格闘マンガで、死んだと思ったキャラクターが生き返るということが4回ほど繰り返されたときには、さすがに作者の心意気に度肝を抜かれました。
高校生になった以降も私のマンガ熱は低下するどころか、加速度的に上昇します。
ジャンプに飽きたらずマガジンにも手を出し始め、「はじめの一歩」を読み始めました。
学校の教室でクラスメートとデンプシーロールをやるような17歳でした。
辛いとき、悲しいとき、イライラするとき、泣きたくなるとき、私はいつもマンガを読んで、主人公やその仲間が困難を乗り越える様を見て勇気づけられ、自分も頑張らねばと気持ちを奮い立たせるようにしてきました。
マンガの芸術性や文化的価値という議論はさておき、少なくとも私にとってマンガは、時には癒し、また時には活力やエネルギーを与えてくれる貴重な存在なのです。
さて、今日は「宇宙兄弟」の新刊を買って帰って、熱い想いを補給しようと思います。
事務局 呉事務所
2012年06月28日(木)
京都旅行(其の一)
「趣味は京都!」と言ってしまうほど、京都の虜になっています。
どのくらい虜なのか?
症状①
ふらっと書店に立ち寄った際、視野に“京都”の文字を発見すると目をキラキラさせ、本を手に取り、お財布を取り出しながらレジに向かっている。
症状②
テレビ欄に“京都”の文字があれば、番組内容はお構いなしに視聴し、画面中に出てくる京都について得意気に家族に説明し始める。
症状③
「京都」のフレーズが聞こえるだけで振り返ってしまう。
ほんの一部ですが、重症なことがお分かりいただけると思います・・・
そんな私は年に3~4回、京都にふらっと出かけています。
現在のお気に入りは庭園。今回は東福寺から歩いてすぐの光明院へ行ってきました。
事前に先生から伺っていた通り、観光地とは思えない静けさ。
訪れていた人も2,3人。「はぁ~、落ち着きますわぁ」と、きっと間違っているであろう京都弁を呟きながら縁側に腰を下ろし、そよ風を感じながら鳥の声を聴き、時間を気にすることなく暫く佇んでしまいました。まったくの別世界にいるような感じで、とても心穏やかな時間を過ごしました。
訪れた時に知ったのですが、「そうだ、京都行こう。」のポスターにもなったお庭のようです。穴場に行ったつもりが、意外と全国的に有名だったようです。
重森美玲が造った枯山水で、禅の「煩悩がなければ、仏心という月は波に映る」と言う教えから「波心の庭」と名付けられているそうです。
禅が何たるかは私には難しいですが、日常から離れ、頭を空っぽにしたくなった時の対処方法は簡単です。
京都に行ってボーっとする。これに限ります!
みなさんも是非、何もしない贅沢さを味わってみてはいかがでしょうか。
呉事務局
事務局 東広島事務所
2012年06月22日(金)
小さな幸せ
「幸せ日記帳」というものをご存じですか?
その日にあった、幸せな出来事のみを書いていく日記帳です。
例えば、
・信号待ちをすることなく目的地につけた
・無くした物が見つかった
など、どんな些細なことでも、自分が少しでも幸せだと感じられたことなら何でもOKなのです。
学生時代、雑誌の付録に付いていたことをきっかけに、数ヶ月書いていました。
いつの間にかやめてしまっていましたが…
その日記帳には
・ほしい服がバーゲンで安く買えた
・授業が休講になった
・友達に「やせたね」と言われた
など小さな幸せがたくさん書いてありました。
幸せなことって探せば結構たくさんあるものだなと思いながら書いたことを覚えています。
他に嫌なことが無かったわけではないはずなのに、読み返すと、そういえばそんなこともあったような…と当時の幸せなことを思い出し、少し心が和みました。
書き記すことで、日常の些細な幸せに気付くことができ、読み返して再び癒されるなんて、ちょっと得した気がしませんか。
どんなノートでも、走り書きでも、毎日でなくても、
ぜひ気が付いたときに、試しに書き記してみてください。
そして、疲れたなと感じたとき、読み返してみてください。
少しだけ、幸せな気分になれると思います。
東広島事務局
弁護士 谷脇 裕子
2012年06月19日(火)
離婚裁判の不思議
最近、高嶋政伸さん、美元さんの離婚問題がメディアで騒がれていました。
法廷でのやりとりが詳細に紹介され、こんな状態になっているのに美元さんが「婚姻関係は修復可能」と発言していることなどが非難の対象とされていたりします。
しかし、そもそも、一方当事者が別れたいと考えれば直ちに離婚できるというのであれば、離婚裁判などという制度に存在の意味はありません。
離婚の裁判では、裁判官が、原告(離婚を求める側)の主張する「法律上の離婚原因」が存在するかどうかを判断することになります。ですから、原告が妻によるDVを離婚原因として主張していても、妻側が、実はDVを行っているのは夫であって自分ではないということを主張・立証し、これが認められた場合には、離婚は認められないことになります。妻側が、夫に非があることを主張しつつ、それでも離婚はしたくない、と主張することも十分あり得るわけです。互いに相手を非難しながら、離婚を争う、というのは、不自然に感じられるかもしれませんが、離婚の裁判とはそのようなものなのです。
結婚生活は、他の契約関係とは異なり、一方当事者が継続不可能と考えれば、解消するほかないようにも思えます。このように婚姻関係が破綻した場合、当事者の責任の有無に関係なく、婚姻関係の解消を認める考え方を破綻主義といいますが、日本の離婚裁判は、破綻のみでは離婚を認めない立場をとっています。
有名人の離婚報道は、スキャンダラスな内容ばかり取り上げられ、興味本位なコメントばかり多く見られますが、せっかくなので、婚姻・離婚制度の枠組み自体を考えてみるよい機会になれば…と思います。
弁護士 谷脇裕子